今日は朝から雨が降り、外気温9度C、道徳の講演者は川崎市の病院でホスピス病棟の院長で在られ、現在はめぐみ在宅クリニック院長小澤竹俊先生が「13歳からのいのちの授業」~どんな時でも「生きる支え」を見つけるヒント~病気から来た余命僅かな少女、生きる力を失いかける時に掛けられる言葉は何か?小澤ドクターは一週間に3~5人在宅で治療中に(と言っても治療は出来ない患者さん)見送っておられるらしい。他人の「死」を論じる事は出来ないが、死に直面した人が10人居たらそれぞれの人生観や歩んで来た道、家族や友人によって違うだろうな・・・・・。人がやり場の無い困難に直面した時、どんな言葉が良いのだろうか?安易に同情するのも良くない、かといってもっと頑張れと言うのは(これ以上どう頑張れと言うのだ力いっぱい頑張ってきたんだ)酷である。私(河南聰捷)は生活相談絵員として何千人の方が私の前に来てくれたことだろうか、多くの方がそれぞれ悩みを持ち、「相談しても誰も相手にしてくれない」小金井警察が話を聞いてくれるらしいよと言う噂を聞いて私を訪ねて来てくれる方が多かった。この人たちはとくとくと語り自分の正しさや自分が頑張って来たことに誰一人として認めてくれないことに悩んだり、共稼ぎの夫婦が夫の倍くらい負担が掛かっている妻に優しい言葉の一つも掛けてくれなかったりすると「別れたい」とか「仕事を辞めよう」と考える人が多い。そんな人には「あなたの頑張りにご褒美を上げよう」「そこまで頑張れる人は居ないよ」等と、がんばりに対して褒めてあげる事、がんばりを認めてあげる事、が大切です。相談者はいろいろ聞いてもらいたいのに、話の途中から「それは違う」とか自分の意見を挟む人が多い。悩む人は話を聴いてもらいたいと同時に自分の頑張りを認めてもらいたいのです。私のところに来た人は十分話しを聞いてあげると、何かホットした気持ちになって、緊張して腰を掛けた時と違って柔らかな表情があった。そして最後に「私が何が出来るかわからないが、出来る事があったら、又希望が有れば言って欲しい、私は何かすることがありますかと締めくくると殆どの方は、「あなた様に解かって頂いただけで有り難い、これで十分です」と言って席を立つ人が多かった。・・・・・・・余分な事を書いてしまったが・・・・・・・。
話を戻して、道徳講演を前にして、学校運営協議会会長として 河南聰捷は2分間の挨拶をした。「皆さん道徳って何でしょうか?形や姿ではないと思います。しかしこの年齢になると、私なりに道徳を考えて、こんなものではないかと思う事があります。それは30年位前のイギリスの首相でサッチャーさんと言う方の言葉です。「人が人間として困った時総てを失いかけて何も残っていなくなるような時に、最後に残っているものが道徳ではないか?」と言われたのを忘れません、どうかこの時間何か一つ心に残して下さい。と挨拶をした。
~今日は長くなりました。~
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